'95年9月、『勝負のシングル』といわば最初から仮題がついているような曲の候補がトータス松本より数曲テーブルに載せられた。この1ヵ月ほど前、トータスは伊藤銀次から「次のシングルが勝負だぞ」とハッパをかけられていた。伊藤と組んでやってきた〝ヒット曲の完成形”を示そうと張り切って曲作りに取り掛かり、その結晶を今、目の前の男達に差し出したのだ。レコード会社のディレクターである子安次郎、プロデューサーの伊藤、そして音楽出版を管理するフジパシフィックの上阪伸夫、この3人を納得させなければ曲がCDになることはない。トータスは自信を持ってデッキのプレイボタンを押した。メンバーも緊張の面持ちで音に耳を傾けた。1曲目……2曲目……曲が進むにつれ、子安、伊藤、上阪の失望の色が濃くなっていった。そして彼らを少しも満足させることなくデモテープは無音となった。
この時トータスが作ってきた曲は、あたかもその辺から借りて来たような、メロディアスなものばかりだった。トータスにしてみれば、何十年後も残るメロディをこの大事なタイミングで示しておきたいと思ったのだ。
「ちゃんとした音楽をやりたいという気持ちがあったから(笑)。『大阪ストラット(パートII)』も『SUNSUNSUN'95』も『トコトンで行こう!』も全部そうや、こんなんが永遠のスタンダードになるやなんて思われへん。10年後に恥ずかしくて歌われへんやろなって思ってた」(トータス)
しかし、伊藤たちは真逆の考え方だった。今まで半年以上かけて築き上げて来たものは何だったのか。徒労感に襲われた。
「トータスになんでこんな曲を持ってきたの?って聞いたら、『ヒットチャートを見てみても俺らみたいな曲は無い。世の中の流れの中に俺達の曲は入ってない』と。それを聞いた瞬間愕然としましたね。トータス違うんだよ! 俺らはわざわざ浮いてるところをやってるわけ。みんなミスチルやスピッツのような音楽をやってその席に群がってる。だから、空きっ放しになってるRCサクセションの席をウルフルズだけで占拠しようとしてるんじゃないか!って話を懇々としました」(伊藤)
あのアホな路線をこれ以上どう突き詰めろというんじゃ……トータスは意地になって美メロを追求し続けた。再び曲作りに没頭するある日、ふと、1枚のレコードを手に取って針を落とした。KC&ザ・サンシャイン・バンドのベスト盤。偶然にもそれは、ウルフルズのバンド名の由来となったアルバムだった。ジャケットの帯文のソウルフルが「ソ」と「ウルフル」で改行されていたのを面白がって付けたのがそもそもの始まりだった。そんなことを懐かしく思いながら、名曲『ザッツ・ザ・ウェイ』のメロディに乗せて「ガッツだぜ~」と歌ってみた。トータスは自分でもアホらしくなったが、一応テープに吹き込むだけ吹き込んでおいた。


一方、伊藤はトータスの様子から何か手を打っておかないとマズイと思い、事務所のタイスケに行って大阪時代の未発表音源を全て聴いた。原石が強烈な個性を放っていた頃の音、そこに何かあればと思ったのだが、使えそうなものは何も無かった。
それぞれの思いが同じ目的に向かって交錯する。トータスの目の前にはまた例の3人が構えていた。新たに作った曲をひとつづつ解説してプレゼンした。しかし、3人の顔は前
回同様曇るばかりだった。遂に最後の曲となったが、結局何のリアクションも得られなかった。その場の空気が重量を増す。その時、自信無さげにトータスが切り出した。
「あの……実はもうひとつあるんですけど、でもこれはその……ホンマにおまけなんですよ。シャレみたいなもんで曲でもなんでもないです」
鼻歌? 替え歌?「ガッツだぜ~」トータスにとっては長い30秒だった。半ばやけくそで聴かせたことを後悔したが、瞬間耳を疑った。「これだよーー!!」面前の3人が突如気色ばんだ。そこから、丸1日スタジオにこもって一気に曲に仕上げていった。KCの『ザッツ・ザ・ウェイ』が元ネタのため、ディスコ・ビートに挑戦するということはすぐに決まった。それは同時に、ポップ・ミュージックを取り巻く当時の状況が自然とそうさせたという見方も出来る。
「小室哲哉さんの全盛期でしたから。8ビートじゃ刺激が無い。だからロックバンドは中々辛い時代でしたね。で、そう言えばこれによく似た時代があったなって思い出したんですよ。70年代の終わり頃、『サタデー・ナイト・フィーバー』が大ヒットして猫も杓子もディスコだった。ストーンズもKISSもディスコ・ビートをやった。それにすごく似てるなと。しかもリバイバルはより強力ですから。先にうまくやった者勝ちだと思いましたね」(伊藤)
アイデアがまとまるとものすごい勢いでレコーディングが進んでいった。ケイスケは初めてのワウペダルで印象的なイントロを考え付いた。トータスは天才的な言葉をポンポン思いついた。ジョンBはすぐにコツをつかんでリズムを自分のものにしていった。サンコンは最初4つ打ちに抵抗を示したものの、曲の全体像を理解し見事なビートを作り出した。気がつけば目の前に『ガッツだぜ!!』が出来ていた。そしてそのまま3rdアルバム『バンザイ』のレコーディングに突入していくこととなる。


特筆すべきは、結果として大ヒットを生むこととなるこの曲が、知らず知らずのうちにバンドのアイデンティティをメンバーに確認させるに至ったということである。KCのアルバムを手に取ったこともそうだし、何より元ネタをわかりやすくオリジナルに昇華出来たこと、これに尽きる。ロックにしろソウルにしろ、おおよそポピュラーミュージックの世界で100%オリジナルというものはあり得ない。意識しなくても結果誰かの何かの焼き直しになっているものだ。大切なのは、素材を素材として意識すること、そしてそこから自分達のフィルターを通して発露されるものがあること、それこそが記号化されないオリジナルなのである。例えばアンディ・ウォーホルが、誰もが知っているもの~キャンベルのスープ缶やマリリン・モンロー~をモチーフにポップ・アートというオリジナルなジャンルを築いたように。関西風に言うならば、“バッタもんの美学”とでも言おうか。バッタもんだからこその面白さ、そしてそこにオリジナルを超えるオリジナルの可能性が芽生える。ウルフルズのアイデンティティはまさにそこにある。前出の3人の審判のひとり、上阪が興味深い話をしてくれた。
「ウルフルズのターニング・ポイントとなる曲っていつでも誰かのエッセンスが元になっているものだったり、カバーだったりするんですよね。『ガッツだぜ!!』もそうだし、『明日があるさ』なんかわりやすい例ですね。そこに彼らの強さがあるし、トータス君の才能を感じる」

12月6日、『ガッツだぜ!!』がリリースされた。突き抜けるディスコ・ビート、どこまでも開放的なアホさに象徴されるロック・スピリット、加えてPVでの時代の流れを逆手に取ったちょんまげ姿が話題となり、瞬く間にヒットしていくこととなる。ウルフルズのオリジナリティの完成、それはまさに彼らが辿ってきた“ザッツ・ザ・ウェイ”なのであった。
(2007年8月30日号掲載)

