2002年6月、ウルフルズは用賀のスタジオでライブのリハーサルを繰り返していた。8月から始まる新しいツアーのための準備だった。トータス松本、ウルフルケイスケ、サンコンJr.、そしてこのツアーからサポートとして新たに加わるベーシスト・高橋Jr.の4人。作業は、とても順調と呼べるようなものではなかった。原因はベーシストにあった。正確に言うなら、高橋が問題なのではなかった。そもそも、結成当初よりこのバンドは常にベーシストに悩まされてきたのである。それを今さら新参の、しかもサポートの高橋のせいには出来ない。問題は明白で、もっと奥深くに根ざすものなのだ。だから、仮に高橋でなかったとしても、事態は同じ線をなぞるだけだったろう。ベーシストというポジションは、ウルフルズの現状を偽り無く映す鏡として存在し、この時もバンドの姿を克明に反射し続けていた。
「悶々とした気持ちでリハーサルに出掛けてた」(トータス松本)
ある日、トータスがリハーサルを終えて自宅にいると、携帯電話に見慣れない番号から着信があった。一旦やり過ごし、留守番電話の通知が入ってから携帯電話を手に取った。機械音の後に続けて、メッセージが流れ始めた。「……黒田です。お久しぶりです。……ちょっと話したいことがあって電話しました」。懐かしい声だった。そう言えば携帯電話のメモリーから“黒田利博”の記録を削除していたのだと、トータスは思い出した。すると突然、今度は自宅の電話が鳴り始めた。電話の主が誰なのかは、もうわかっていた。
「黒田か? 久しぶりやなー。3年ぶりか」
「そうですね。ちょっと話したいことがあって。時間作れないですか? 」
電話で話した一週間後に、トータスの自宅でふたりは顔を合わせた。コーヒーを飲みながら世間話をした。バンドを辞めてからのジョンBの生活のことや、お互いの家族の話、共通の知人が今は何をしているか……気がつけば話し始めてから2時間が経っていた。そして、ふとジョンBが話題を変えた。
「そうそう、観ましたよ。テレビで」
「『笑えれば』やろ」
「はい。ええ曲ですね、あれ。めっちゃええ曲です」
「俺らがテレビ出てるの結構観たりするんか?」
「いや……。たまたま家に居てる時に奥さんが『ウルフルズ出てるよ』って言うから。無視したら変な意地張ってると思われるのも嫌やし。ほんで観たんですわ。……なんか観てて、惜しいなって思って」
「なにがや?」
「惜しい感じがしたんですよ。曲めっちゃええのに、佇まいがなんか違う。なんか合ってない、そんな気がして……」
今さらそんなこと言うな。責める気持ちはさらさら無かったが、一方で複雑な気分にはなった。そしてジョンBの次の一言は、彼が辞めてからこの時点までトータスにとってはそれを思うことすらはばかられる“禁句”であり“禁じ手”だった。
「ウルフルズに戻りたいんですよ」
テーブルがゴムのように100メートルくらい伸びて、一瞬で縮んで戻ってくるような気がした、とトータスはその時の驚きを表現した。トータス自身、そのことについて考えるということを考えたことすらなかったのだ。もしかしたら、そういう考えがよぎることはあったかもしれない。しかしむしろ、トータスよりもジョンBにそんな気が起こるわけが無いと思っていた。それだけは確信があった。彼がバンドを辞めたのは、トータス松本から逃げたいがためであり、そのトータス松本は今も、そしてこれからもウルフルズにいるのだ。
「ちょっと考えさせてくれー」(トータス松本)
こう返すのがせいいっぱいだった。
あくる日、ライブ・リハの合間にケイスケを駐車場に誘い出し、昨夜の一件を伝えた。「えーーー! 」ケイスケは驚いた。
「嬉しかったね。嬉しかったよ、めっちゃ。だから俺は(ジョンB復帰は)全然OKやって言った。でも、不安もあった。4人から3人になって、また4人になる。単純に元に戻るのとはちゃうわけやから。どうなんのかなーって」(ケイスケ)

アーティスト写真としても使用された。ジョンBだけでなく、全員の胸に「復活」
という文字がプリントされているのが何よりウルフルズらしい写真だ。
次にサンコンに声を掛けた。同じように驚いた。しかし、ケイスケの純粋な驚きに比べて、いくぶん微妙なものが入り混じった反応だった。
「『僕はあり得ないですね』って言ったと思う。それはあまりにも勝手な話やと思ってん」(サンコン)
今すぐに、という話ではない。こう含んだ上でトータスはケイスケとサンコンに伝えた。トータス自身、この予想もしなかった事態にどう対処したらいいのか、いささか混乱していた。手放しに喜んでいいものなのか、それともムシが良すぎると怒るべきものなのか、あるいはそれら様々な感情がごっちゃになって行き着くべき種類のものなのか、それはまるで、見れば見るほどわからなくなる抽象画のように、心に引っ掛かり続けるのだった。何よりタイミングが微妙なのだ。だからこそ、絶妙すぎるのだ。まずは、8月からのツアーを乗り切らなければならない。現実は常に、予測よりも早い速度で彼らを抜き去ろうとする。
9月にツアーを終え、トータスはソロアルバムのレコーディングに取り掛かった。同時に、デビュー10周年記念企画として、12月に5時間ライブを行うことも決まった。ソロも5時間ライブも子安次郎('02年8月から再びディレクターとして現場に関わるようになっていた)のアイデアだった。そこでトータスは、5時間を1時間ずつ5つのパートに分け、サポートしてくれた歴代のベーシストを迎えてライブをやるのはどうだろうかと持ちかけた。さらに、最後の1時間を、ジョン.B.チョッパーでやるのはどうだろうか、と。トータスがジョンBに電話をした。
「黒田、やらへんか?」
「やります」
即答したと言う。
この話を聞いて、カンテの厨房でケイスケがジョンBを誘った時の話を思い出した。ケイスケによれば、その時彼は「じゃ、やります」とすぐ答えたとのことだった。ベースも何も弾けないにも関わらず、である。ジョンBのバンドの始まりと、バンドへの復帰を促したものは、何の飾り付けもされることなく同じ言葉だった。しかし、ふたつの地点を結ぶジョンBが歩んできた道のりを辿ってみると、言葉の背景にある違いに思いを巡らさずにはいられない。
12月25日、渋谷公会堂(現C.C.Lemonホール)で5時間ライブが幕を開けた。
①高橋Jr. ②上野イチロー ③アコースティック・セット ④Chirolyn ……もしや最後は!? そんなバカな……会場全体がおぼろげな期待感に包まれる。トータスの呼び込みと共に、ジョン.B.チョッパーがステージに立った。ジョンBが現れる、歩く、楽器を持つ、何かをするごとに幾重にも歓声が会場を駆け巡った。3年間の空白を埋めるのに充分な歓声だった。そしてそれは、3人が首をかしげて眺めていた“抽象画”の価値を示す、これ以上無い幸福なカタチでの落札だった。
(2007年11月22日号掲載)


コメント (5)
読んでいて、鳥肌が立ちました。
いつも元気をくれているウルフルズに起こった出来事に、そしてウルフルズの奥深さに。
知れば知る程、ウルフルズを好きになり、応援したくなり、なんだかパワーをもらえます。
ありがとう、ウルフルズ。
投稿者: ようこ | 2008年01月14日 19:04
日時: 2008年01月14日 19:04
こんばんわ☆
4人って曲きいて、名古屋ライブ行って、芸の花道読んだ
後味・・・なんやろ、上手く表現出来んのですけど
ホコホコのできたて焼き芋みんなで食べてる時みたいに
ホコってしたもんが、残る感じでふ☆
なんか、いいですね☆
投稿者: かじこ | 2008年01月14日 23:41
日時: 2008年01月14日 23:41
今、ウルフルズに黒田さんがいないことは考えられない。
そして、これからのウルフルズにも。。
そして、おなじように、
佐子さんさんがいないことも。。
岩本さんがいないことも。。。
松本さんがいないことも。。
かんがえられない。。
そして、ライブでは伊藤さんが、にこにこしてる。。
今のウルフルズがいい。ほんとにいい。。これからも聴きつづけたい。
でも、そんな方達以外にも、関わった多くのミュージシャンの方々も大事だったんだと思う。。歴史があって、今があるんだね。。
投稿者: 匿名 | 2008年01月15日 17:18
日時: 2008年01月15日 17:18
DFのドラマーだった方がコメント・・?「黒田かドラマーか、っていったら黒田だった」のはやはりどこでも同じだったんですね(^^;2008年、約8年ぶりにライブにいってきました。「四人」の楽曲・泣けてきましたよ・・・
投稿者: まじですか? | 2008年03月06日 23:14
日時: 2008年03月06日 23:14
ほんと、ウルフルズって、ファンが焼くほど
ラブラブ。
いいな^^~
ほんと、4人大好き。
投稿者: Mahalo | 2008年10月31日 20:12
日時: 2008年10月31日 20:12