さて。この連載も今回を含めて残すところあと2回となった。ストーリーとしては、まだジョン.B.チョッパーがバンドに復帰したところにすぎない。ここから、アルバムで言うと『ええねん』(2003年12月10日)、『9』(2005年2月23日)、『YOU』(2006年3月8日)の3枚に沿って話は展開されていく。いや、じっくり展開されていくべきである。しかし、はじめから種を明かすようで恐縮だが、この1回でこれらの話を一気に進めようと思う。
というのも、そもそもこの連載のテーマとは何であるのか、ということを考えた場合、この3枚は同時に語られなければならない、と思うのだ。では、この連載のテーマとは何なのか。それは、正直に言うと、最初から明確にあったものではない。インディーズ時代の神話的とも言えるエピソードからメジャー・デビュー、ブレイク、さらにその後、とつながる軌跡を多くの人の証言から辿ることで、だんだんと見えてきたものだ。そしてこの段階では、はっきりとそれが見えている。
「バンドとは何なのか?」
言葉にすれば、なんと簡単で、抽象的なのだろう。例えばそれは、「あなたにとって、○○とは何ですか?」といった、インタビューにおいては禁句とも言える質問に近いものがある。しかし、そういった類の疑問や興味は、それが禁じられた言葉であるがゆえに、対象にのめり込んだ者たちを必ずそこに向かわせるという、ある意味本質的な性質を持っている。そうやって、この連載も、ウルフルズのヒストリーを追えば追うほど根源的な問いに行き着いてしまっ、というわけだ。バンドとは一体何なんだろう。もっと言うと、それはどういった関係や思いで成り立っているのだろう。ジョンB復帰後に再び4人となったウルフルズを追うことで、その答えとなるひとつのサンプルが抽出できるのではないかと思う。
前述の3枚のアルバム、『ええねん』『9』『YOU』は、当然それぞれ時期的に違う背景を持ち、異なった成り立ち方をしている。特に『ええねん』は、4人に戻ったバンドの初期衝動をじつにわかりやすくパッケージ化した、と言ってもいい作品だ。実際、ジョンBの復帰は、2002年12月の5時間ライブを経て、翌年1月に正式に決まった。それから彼らがまずやったことは、4人一緒に「メシを食いに行く」ということだった。あたかも、バンドを結成したばかりの頃のように4人で音楽の話に明け暮れた。その話の延長に曲作りがあり、音源があるといった具合だった。それはバンドにとって幸せなひと時だった。ある者は、このままの勢いを持続させようと思ったに違いない。またある者は、さらに押し進めようと考えたに違いない。そしてーー。
トータス松本は、『ええねん』と同じことをやっていてはダメだと思った。彼はこう考えたと言う。
「衝動は絶対持続せえへん。結局、俺らを幸せにしてくれるものは、より良い楽曲しかない」
アルバム『9』は、「より良い曲」への飽くなき探求と、それにより獲得したバンドの深み、と同時に、曲を作る者とそれを演奏する者との精神的な不協和音が切実なメロディとなって顕在化した。レコーディング現場は、相当にシビアなものであったと誰もが証言する。

にもかかわらず、その次となる『YOU』で、トータスはさらに自らの信念を貫き通すのだ。一度入った亀裂に指を突っ込んで広げるような、それは痛々しい行為に見えたかもしれない。彼自身こう述懐する。
「見ようによっては、自分の歌いたい歌だけ歌ってる、もはやソロ作みたいな感じかもしれん……」と。さらにこのときメンバーからは、このようなことを言われたと言う。
「松本君の言うてることはホンマにようわかる。早くここまで来いと言われてるのはようわかってる。でも、どないして行ったらええんかわからへんっ!」
それでもなお、曲を作る人間に妥協は受け入れ難い屈辱なのだろう。
「俺はやっぱり、最終的に人を幸せにしたり、自分らが幸せになれるのは、楽曲やと思ってるから」
だとしたら、はたしてそうまでしてバンドに固執する理由はどこにあるのだろうか? という当たり前の疑問が誰の頭にも浮かぶだろう。そしてさらに、人を幸せにする「いい曲」を作ることと、バンドをやっていくこととは、もしかして必ずしもイコールではないのかもしれないとさえ思う。
「そうかもわからへんな。でも、こんなに目的がはっきりしてるのに、じゃあ何で俺がソロにならへんかって言うと、ウルフルズが好きやからとしか言いようがない。……どっちみち、自分の好きに書いた曲をメンバーに演奏させるっていう、もう言うたらエゴの極致みたいなことを俺はやってる。でもそれは、ウルフルズのメンバーが、俺の作る楽曲やその世界観が好きやからやってくれるんやろうと思う。それがある以上は、『松本君の曲もういいわ』って俺を捨てない限りは、俺はウルフルズで好きなことを最大限にやりたい」そしてこう付け加えた。
「そういう場所やと思ってんねん」
場所、という意味が最初はよくわからなかった。比喩的な表現であるということは別にしても、では一体それが指し示す具体的な何かは何であるのか。答えは意外なところにあった。それは、この連載を始めるにあたって、もうずいぶん前に終えていた取材テープの中に既にあった。4人の中で最後にメンバー入りした、サンコンJr.の発言だ。ケイスケをリーダーとして始まったこのバンドが、いかにトータス松本という才能を育んだのか。そしてその才能が開花したと感じたのはいつ頃か、という質問に対しての答えだ。ケイスケに訊くには、いささか不躾のような気がした。もちろんトータス本人に訊くわけにもいかない。かといって、ジョンBには酷な質問だ。サンコンにしか訊けなかった。
「そやなー。自然な流れやったと思うけど……ちょっと待てよ。いつからっていうよりは、最初っからやったわ。キャラクターができてたのも」
次にトータスに会った時に、このような質問をぶつけた。
ーー最初から理想の形があったのですか?
「そう。最初にセッションした時にあったんよね。動かし難いバンドの形っていうもんが自然とあった」
バンドとは何なのかーー。
それは、諦めきれないものの象徴、なのだと思う。理想が、物事の発端において、形として既にあるのだ。そしてそれは、時間の経過やまわりの環境の変化や心境の移り変わりなど、挙げればきりがないくらい様々な理由で、始まりから形を変え続ける。だからこそ、長くバンドをやり続ける者たちは、最初の形への憧憬を強く持つ。同時に、変わり続けなければならないという宿命も理解している。大切なのは、最初の形を全員が同じように記憶しているか、その風景を愛しているか、ということだ。そしてウルフルズの4人は、その景色を今でも共有している。もちろん「最初のセッション」と言って4人が同時に浮かべるのは、サンコンが入った時の「最初のセッション」に他ならない。そうであるからこそ、彼らの、じつに起伏に富んだヒストリーを歩んできて、その道の険しさや爽快な眺めが、1本の道でつながっているということが、理解できるのだ。
「ウルフルズの解散はないのよ。どうしたって、ないことになってるのよ(笑)」(トータス松本)
《つづく》
(2007年12月6日号掲載)

コメント (1)
トータス松本は、どこにいてもいずれは頭角をあらわし、
多く人々の共感を得る何者かになっていたのではないだろうか?
やはりどこかで自分を表現し、その個性を広く人々にしらしめるスタンスを築いていたのではないだろうか..
努力に裏打ちされつつ、神に与えられた天賦の才能を今生に花開かせることのできる者はいる。いかに嫉妬し羨望にあえいでも
抜きん出た才能というものはあるのだ。。トータス松本はトータス松本なのだ。。。
けれども彼が、岩本啓介と出会い、黒田利博が加わり、佐子博幸を選ばなければ。。。
その出会いが、その四人で築いてきた時間がなければ、「ウルフルズ」はなかった。。「ウルフルズのトータス松本」はいなかったのだ。
多くの人々の心をつかむ「ウルフルズの楽曲」は産まれなかった。そうおもう。。
投稿者: 匿名 | 2008年01月31日 16:26
日時: 2008年01月31日 16:26